研究の目的と意義
本研究プロジェクトは非正規滞在者の労働条件向上のための行政や市民社会との交渉が、非正規滞在者自身によってどのように組織されるのかについて、フランスと日本のセックスワーカーを事例として研究する。
現在、欧州を初めとして国際的な人権規約が各国の移民政策を拘束するようになっている。その中で、定住国の国籍を所有していないことのみを理由に人権保証がなされないことは正当性を欠くと、法的にはもちろん、政治的社会的にもみなされるようになってきている。国籍の有無によって異なった制度的保障がなされること自体が差別であるという意見も強くなっている。
こうした人権保障の傾向から見落とされがちなのが非正規滞在者である。彼らは滞在資格を欠いているためにその存在自体を「犯罪者」として理解されることが多い。そして、その労働自体も本来は行われるべきではないものと行政からみなされるために極端な低賃金や過酷な労働条件であったとしても行政や市民社会にその不満を訴えることが困難である。彼らが被る暴力が彼らの滞在資格によって無視されてしまうのだ。こうした暴力は非正規滞在労働者がセックスワーカーである場合に、より悪化する。彼らはその滞在資格に加えてそのセックスワークという労働の性質から、「存在するべきではない労働者」と行政をはじめとして市民社会からもみなされやすい。そのために、セックスワーカーの性別を問わず行政からの保護(例えば警察による見回りや定期的な健康診断など)や市民社会の支援を受けにくいために、暴力を受けても訴えないとみなされやすいことが、セックスワーカーが暴力を特に経験する状況を作り出している。
もちろん、非正規滞在者のセックスワーカーの支援を行う人権団体がないわけではない。しかし、その多くはセックスワーカーの身体的精神的被害に対しては対応するとしても、その労働条件改善のためには活動しない。その背景にはセックスワーク自体が性的な搾取であり、これを促すようなことはしたくないという考えがあるだろう。非正規滞在者を含むセックスワーカーの労働条件改善のための活動を行っている数少ない人権団体も存在する。しかしながら、こうした団体の活動はしばしば支援者ー被支援者という関係で行われるために当事者の不満が支援者の視点で変換されてしまう傾向がある。たとえば、セックスワーカー自身はその労働条件の改善を求めるものの、そのことは彼らがセックスワーク自体を「誇り」をもって行っていることを意味しない。しかしながら、支援団体の中にはセックスワーク自体を他の仕事と同じような誇りのもてる仕事として主張し、そのことを労働条件改善の要求と結びつけた上で(リンケージ)、この運動への参加を当事者にも求める場合がある。
非正規滞在者の抱える不満は国籍、性別、年齢などによって多様であり、こうした不満は個別の事情に入らない団体においては無視される傾向がある。こうした状況を変更するためには当事者による運動の組織化が必要である。この組織化によって人身売買としばしば重ねられることへの当事者の立場からの拒否や、そのことによるセックスワークのスティグマ化への抵抗、および労働条件の改善の要求などが可能になる。しかし、滞在資格が非正規であるがゆえにその存在を行政に対して表現することは強制退去処分の対象になり、彼らの言語能力や滞在国での法的知識、さらには保健に関する知識の不足などから自分たちで運動を組織することは困難である。
本研究は、例外的に、セックスワーカー自身が組織した運動団体に注目し、非正規滞在者の権利保障について伝統があり、セックスワークが合法化されているフランスと移民の受け入れ自体について議論の進んでおらずセックスワークが非合法化されている日本とを比較することで、彼らの当事者による運動組織の条件について考察したい。
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