研究所の目指すもの

戦後80年の節目に、国際平和研究所の所長に着任しました。機関誌である「PRIME」でも「戦後80年」をテーマとして取り上げました。80年という年月は、生身の人間の記憶を語り継ぐには長すぎのでしょうか。アジア・太平洋戦争に寄せられる関心も、年とともに薄れてゆくような気がします。「戦後50年」に発せられた当時の村山首相の談話、「戦後60年」の小泉首相談話、そして「戦後70年」の安倍首相談話の内容が、それなりに政治的な議論を呼んだのに対し、「戦後80年」に発せられた石破首相の「所感」は、大きな論争を呼ぶこともなく、後を継いだ高市政権は、ことさらにこれを黙殺しようとしているようにさえ見えます。
戦争の体験を語り継ぐ努力はなお続けられており、その重要性はいっそう増しているとは言え、生身の記憶をもつ人々は数少なくなり、しかもその記憶は年少時の「被害」の記憶にとどまり、戦争を引き起こし、それを防ぐことができなかった理由、ましてや「加害」の体験を語れる人々はほとんどがすでに世を去っています。「加害」の実態は、被害者の記憶から明らかにするしかありません。しかし生身の人間の記憶が途切れつつあるからこそ、歴史を研究する意味があるのです。歴史を学ぶ人々の努力によって、記憶を記録に残さなければなりません。今なお解決されていない植民地支配と戦争に対する責任を、われわれが取り上げる意味はそこにあります。
また80年という年月は、それ自体がすでに歴史研究の対象です。未来を知る手がかりは、歴史の中にしかありません。われわれはどんな世界に向かおうとしているのでしょうか。ひたすらに軍事力を強化し、「力による平和」という「現実」論を振りかざし、社会の矛盾の原因を外国人や少数民族になすりつけてこれを排斥する動きは、かつて世界にどんな事態をもたらしたでしょう。ドイツのシュタインマイヤー大統領は、ヨーロッパの戦後80年を契機とした議会演説の中で、「われわれの歴史と責任に終止符を打つ」ことを求める動きに警鐘を鳴らしています。日本でも、「お詫びと反省」を終わらせようとする動きは、同じ危うさをはらんでいます。戦後40年の演説で当時のヴァイツゼッカー大統領が使った「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」という言葉は、われわれが未来を考えるとき、いっそう重要な意味を持ちます。シュタインマイヤー大統領は、「過去に向き合う者は、未来をあきらめない」といっています。悲惨な過ちを再び繰り返さないためには、われわれは過去に学ぶしかありません。戦後80年を新たな「戦前」にしないために。
2025年度~ 所長 宮地 基
研究所の目指すもの

2024年4月より、長い歴史のある国際平和研究所の所長に就任しました。謙遜などでは全くなく、当初は自身がこの伝統のある所長職に相応しい人間であるとは思えず、選挙で選ばれたとはいえ、就任に至るまで様々な葛藤が存在しました。研究者としての専門はハンガリーを始めとした東欧の近世史であり、平和学も国際法も、国際政治も国際関係論も、正面から学んだ経験は皆無です。
それでも、所長職はいよいよお引き受けせざるを得ない状況となり、改めて「平和」ということについて思いを巡らせてみました。
こんなことでもなければ、どこかで他人事の意識が顔をのぞかせ、本当に深く考えることもなかったかもしれない「平和」は、必ずしもいわゆる大文字の「平和」PEACE だけでなく、それぞれの「平和」とも言うべき小文字の「平和」peace も存在し、さらには存在するだけでなく、確とした存在意義もあるのではないかと思うに至りました。
それこそ、「平和」を専門とする方々であれば常識の部類に属する僕の拙い「発見」ではありますが、ヨハン・ガルトゥングが「直接的暴力」を克服することによって達成される「消極的平和」と、貧困や差別などの「構造的暴力」を克服することによって達成される「積極的平和」を区別して我々の眼を開いてくれたように、この「発見」で自身の心の眼をまずは新たに開くことができたように思われます。この初心を胸に、多様な「平和」に向き合ってゆきたいと考えております。
2024年度 所長 戸谷 浩
研究所の目指すもの

PRIMEは、「世界平和実現の条件を研究し、学内外の平和研究者、NGO・平和運動関係者と学際的交流を行うこと」を目的として設立されました。高原・前所長が指摘する(下記)ように、「平和」の対極概念は「暴力」です。人間の尊厳を脅かす暴力を最小化するための営みを、PRIMEは連綿と積み重ねてきました。人権・自由が激しく弾圧され、侵略行為が公然と手掛けられる現下の状況を前に、私たちは、私たちがなし得ることをさらに追究していかなくてはなりません。
PRIMEにとって重要なテーマであり続けているのは、核にかかる問題です。軍事・平和両様の利用において酸鼻を極める惨禍に見舞われた国に所在するPRIMEであればこそ、この問題には格別の重みをおいて研究活動を継続していきたいと考えています。
加えて、平和運動、とりわけ現代的形態の抵抗権にかかわる研究も推進できればという思いでいます。世界各地に棲まう無数の民衆が、自由を揺るがす底暗い力学に全霊をかけてあらがう行動に従事しています。日本にあっても、基本的人権を脅かす執拗な暴力にみずからの良心を賭して抗し続ける人たちがいます。底方なき蛮性と対峙する市民的抵抗の実相を知り、その理論的彫琢に向けた研究活動を深められないものかと想を連ねているところです。世界の実情に鑑み、難民の保護と平和との関わりについても学術的・実務的な観点から理解を深めていきたいと考えてもいます。
高原・前所長の任期が重なるほどに幅員が広がってきた活動の一つが平和教育です。「現代平和研究」の授業、Peace Studies Summer Program、WILL2LIVE Cinema(難民映画祭)、Café du PRIMEなど、学生に働きかける回路が幾重にも切り拓かれてきました。安心・安全・衛生・清潔といった価値がことのほか強調される時代の中で、人間存在の社会的・政治的次元の大切さを思い起こさせる平和教育の重要性がますます大きなものになっていることは改めて確認するまでもありません。
不透明な日々が続く中にあって、私たちは、自らの方向感覚をいっそう研ぎ澄ませていく必要に迫られています。社会に生きる人々とつながり、国境を超えた研究ネットワークを強めていくこと。そして、必要に応じ、異論や議論を怯むことなく提起すること。PRIMEが孜孜として追求してきたそうした姿勢が、閉塞いざなう社会の中で、その重みをいや増しているように思えてなりません。歴史的視座をもって同時代の課題と切り結ぶ誠実な歩みを、さらに押し進めていきたいと念じています。
2022〜2023年度 所長 阿部 浩己
研究所の目指すもの

2011年3 月11 日の東日本大震災、とりわけ福島第一原子力発電所の爆発は、今や核兵器の廃絶だけでなく、核エネルギーに頼る私たちの生活をも問い直すべきことを教えてくれました。人類の将来を憂え、生涯、核エネルギーに反対し続けた豊田利幸PRIME 初代所長の遺志を、私たちは受け継ぎます。
平和の対極概念は暴力です。一人一人の「いのち」を脅かす暴力を最小化していくために私たちにできることは何でしょうか。PRIME は、平和を脅かす諸要因を様々な角度から分析・研究し、その成果を広くキャンパス内外に発信することを目指しています。21世紀を戦争のない持続可能な地球環境をつくる時代へと転換するために、平和研究ができることを、私たちは問い続けます。
2014~2021年度 所長 高原 孝生
研究所の目指すもの

21世紀は、2001年9月11日の米国での同時多発テロ事件、それに連なるアフガニスタン、イラクでの戦争、2011年の3月11日の東日本大震災とともに生じた福島第一原子力発電所事故と、いずれも国際平和と万人の豊かさを約束する新世紀の幕開けとはなりませんでした。
それどころか、欧米日に繰り返される金融危機、大量の失業、改善の兆しが見れない地球温暖化、核兵器の拡散はグローバル化する経済と社会を支える資本主義の将来を案じさせています。
私たちはどこに行くのでしょう。私たちはどんな地球を来たるべき世代に残せるのでしょうか。
そして、そもそも私たちはどんな世界に住みたいのでしょうか。
私たち国際平和研究所は創設されてから30年が経ちます。冷戦期には核戦争をどう人類は回避できるかは、PRIMEの1990年代の所長の方々の平和研究の大きな課題でした。そして、ポスト冷戦期ではグローバル化する経済下で顕在化する格差、差別の実態や社会の軍事化を分析し、「人間の安全」を回復する平和学も優先的課題となりました。
こうしたPRIMEの成果を踏まえて、21世紀の暴力のトポスを各所員の専門性を活用し、明らかにし、「より人間的な世界」を実現する条件を探ることが私たちの使命と考えます。
2012~2013年度 所長 勝俣 誠

